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【1:1000】 よろず推理処(その3)
1: 名前: ケーナ:2013/01/14 05:01ID:c4OIlNsN
このスレッドは『うみねこ』完結から随分時間が経過したにも関わらず、真剣に考察したい人の為に設けました。考察する内容等は問いませんが、たった一つだけルールを設けさせていただきます。

仮名で構わないから、1人1つのハンドルネームを必ずつけ、発言者が誰であるか(どの発言と同じ人物であるか)を明確にすること

これは“誰”が“どの発言”を“誰”にしているのかが解らないことで、考察や議論の妨げになることを防ぐためのルールです。ご理解とご協力をいただける方、このスレッドでまだまだ終わらない『うみねこ』考察を楽しみませんか?

『最終考察 うみねこのなく頃に 考察』 http://keena。web。fc2。com/
『うみねこ』用辞書 http://keena。web。fc2。com/uminekojisyo。txt
『うみねこ』テキスト抽出ツール http://harmonicharmo。nobody。jp/bunko/
(それぞれ“。”は“ピリオド”に変換)
7: 名前: タチバナ:2013/01/14 13:20ID:160Q5Yx1
ケーナさん >>2 >>3 >>4 >>5 >>6

>寿と戦人の再会(1998年の数十年後ですから最低でも2018年くらいです。
数十年後なのだから、20年後~90年後くらいでしょう?(普通に考えて90年後なんてあり得ませんが)
ケーナさんは日本語のセンスが微妙におかしいです。

>僕がこれを『最考考』に入れなかったのは
>“もはや考察ではなくなっている”為です
この考え方も納得できないなあ。
考察であるなら、別に妄想交じりでもいいと思います。
一応僕は使い分けてるつもりなんですが、推理は解答を絞るものですが、考察はむしろ解答を広げるものであると思います。

>“読む”とは表現されていますが、これは実際に本を読んでいるわけではなく、
>観劇者権限のように手で触れるとそのカケラの出来事が映像として観えるのでしょう。
突っ込んでなかったですけど、これはおかしいです。

“「“探偵権限”か。」
「ふっ、なぁに、その間抜けな能力。
……違うわ。それは観覧席への招待状よ。」
「……“観劇者権限”か。………それを元老院の許可なく与えることは禁じられてるはず。」”
とあり、“観劇者権限”のように観えているのであれば、このようなやり取りを行なうことは違和感があります。

>『最考考』の“■コラムコーナー2……096”にある
>“■考察法指南”において僕の考察方法を提示していますので
>もう一度ご覧下さい

>一つ気をつけていただきたいのは“自分に都合の良い材料だけを集めない”ということです。
>これをすると明らかに成立しない“考察の柱”が濫立する事態になりかねません。
ケーナさん自身が実践できてない気がしますけど、この考えはまともです。

>僕が「魔女が書き手ではない」と考える理由はごく単純です
>魔女ならば“カケラ”を操れるため
>文字をチマチマ綴って物語を書く必要などないのです
フェザリーヌの話を一言も聞いてないんでしょうか。

根拠はいろいろありますが、
“「……参ったものだ。……戦いを描くのは久しぶりでな。……唐突にこのような展開で筆を預けられても困るというもの……。」
 私は執筆で行き詰った時は、逆行して書くことにしている。
 つまり、冒頭から順に書いていくのではなく、終わりから遡って執筆していくのだ。
 こうすれば、伏線も張りやすいし、ラストのビジョンを明確に物語を描ける。”
というEP8のシーンを見れば、一番分かりやすいかと思います。

>>「うみねこの作者は竜騎士07である」という主張も大真面目にしています。

>僕も「この考え方で良いのかも」とは思いますが
>このレベルまで行くなら
>もはや書き手を想定する必要はないのではないでしょうか?
はい、フェザリーヌであろうと、竜騎士07であろうと、些細な問題です。
ミステリー部分は竜騎士07が、ファンタジー部分はフェザリーヌが執筆した合作であるという解釈が一番すんなり通るかと思いますが。

>>故に梨花は魔女と決別し、その決別した魔女こそがベルンカステルなのです。

>これは“想念が魔女化する”という考え方で良いでしょうか?
その考え方でいいと思います。

>>鷹野三四とラムダも元々別人だと思うのですが。

>“34”はギリシャ数字で“ラムダデルタ”だそうですし
>ベルンとの因縁 そして顔や髪の色から考えても鷹野三四でしょう
=で括るのは意味が分かりません。
その解釈は、真里亞の名で書かれてるのだから真里亞の執筆だというくらいの素直さを感じますが、
鷹野三四はラムダの駒と考える方が普通だと思います。だから別人です。

>>はい、ノックス十戒とノックスの十戒は別です。
>>そういう意味で言葉を選んだつもりです。

>僕はこの認識はなかったのですが
>どういう意味でしょう?
うみねこ定義のノックスがノックス十戒で、普通のノックスがノックスの十戒というだけの話です。
うみねこ内では、ノックス十戒、ヴァン・ダイン二十則と「の」が抜けてるものとして統一されてるはずです。
竜ちゃんが意図的に改変を行なっていることを意味していると思います。

>僕も「赤字はアンチミステリーへのアンチテーゼ」は通ると思っています
どういう意味で言ってるかは分かりかねますけど、普通に両立すると思いますよ。
ミステリーでもありアンチミステリーでもあるということ自体が普通にあり得ますから。

>その場合 インタビュー及び対談でそのことに触れると思います
>しかし竜騎士07さんからそのような話は出ませんでした
あれ、“作者の想定する解でなくてもいいから自由に解釈して欲しい”という話は、耳が腐るほどしてる気がしますけど。

>僕は元々“逃げられる”という方向では考えていません
>僕が想定したのは“反撃される”状況です
書斎なら反撃される可能性も少ないので、真正面から銃で向かっていってもいいという話?

>僕はルールの中に
>「惨劇が起こらなければならない」というものは存在しないと思います
んー、まあいいや。ここは突っ込んでも平行線ですね。

>しかしそれはそもそも勘違いで
>「紗音は赤字で使用人であると定義されていない」
>というまったく逆の前提で考えればどうか?
>という話です
逆に考えた結果、ロジックエラーになるのだから、逆に考えたことが間違いなのでしょう。
その前提から見直すべきという話になるところです。

>比較的常識人であるタチバナさんがこの理解では
>他は言わずと知れたことでしょうから
>この方面は諦めることにします
むしろ考察方面よりもこの方面について真面目に考えて欲しいところですが、
ケーナさんが人に欠点を指摘されても、それを一向に治す気がない人であると言うなら、僕も諦めざるを得ません。

>>自分が理解出来ない部分を最終的に「それは作者のミスですね」で結論付ける人と、
>>どんな有意義な考察が望めるというのでしょう。
>>例え作者のミスであろうとも、それを決して口に出さずに、考察し回答を出す気概が重要なんです。

>この部分に関してはタチバナさんにはきちんと説明し
>一応理解をいただけたと思っていますが
>そのやり取りをご覧になっても考え方は変わりませんか?
あれ、僕がケーナさんの考えで理解できた部分って何かあったっけ。

>>『EP1第一の晩において作中内にて提示されていない、屋敷本館可能性密室』

>例えばオプスさんはこれによってどのような考察を構築するつもりなのでしょう?
>何故 自分はその説を提唱し
>その結果 どのような新事実を提示できるのか?

>この部分がなければ それは単なる思い付きでしかありません
だから、この考え方がおかしいのです。ケーナさんの考え方では結論から考えてますよね?
「この考察の結果、どのような結論に至るのか」なんてどうして最初に言わなきゃならないんでしょうか。
結論から先に考えるなんて、考察でも推理でもなく、ただの妄想です。

>ところがこの作品においては
>赤字で定義されない限り
>それは信用出来ないのです
それを言うなら、赤字で人格死なんて定義されてないので信用できないですよね。

>>真の当主だったとしても、使用人且つ真の当主となり、
>>使用人であることには変わらないのです。

>これだと
>《赤:紗音は使用人である》
>《赤:使用人が犯人であることを禁ずッ!!》
>この2つが同時に成立できることになり
>いささかズルくないでしょうか?
いや、これはケーナさんの考えがおかしいという指摘だと思いますよ。
で、ケーナさんは盤上だけに目を向けてるからおかしいのです。

>それがミステリーで許されるのか?
>という話です
殺人を行なったのは紗音の肉体であるという点については変わってないです。
だけど、ノックスやヴァン・ダインによって、ファンタジー的解釈をしないと説明が難しくなっています。
ノックスやヴァン・ダインはファンタジー的解答への誘導だと言ってるのはそういうことです。

完璧なミステリー的解答もしようと思えばできると思いますが、
どこまでファンタジーを許容するのかは人それぞれという話だと思います。

僕に言わせれば、人格死だってファンタジーなので、
人格死を認められて何故この考えを認められないのかは非常に不思議なのですが。
(僕が人格死を認められないのは、殺されたという表現はミステリーとしてもファンタジーとしても
おかしいのではというような思いがあるからです)
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