このページをdel.icio.usに追加 このページをはてなブックマークに追加このページを含むはてなブックマーク このページをlivedoor クリップに追加このページを含むlivedoor クリップ このページをYahoo!ブックマークに追加

ひぐらしのつどい2配布小冊子

追加TIPS

2009年3月15日に開催された、『ひぐらしのなく頃に』中心同人誌即売会「ひぐらしのつどい2」で配布された小冊子の抜粋です。
改行・誤字・頁など原文なるべくそのままにしました。




「きゃーん♪ いよいよ待ちに待ったホワイトデー! 何がもらえるかなっ、何がもらえ
るかなっ、た~の~し~み~~!!」
 三度の飯より色恋沙汰が大好きなアスモテウスにとって、待ちに待った日だった。


「ホワイトデーとはつまり、バレンタインデーのお返しなわけか。」
 ベルフェゴールが、理屈では知っているが、実際にはどのようなものかわかりかねると
いう仕草で聞く。
 この時ばかりは、末っ子アスモも生き生きして姉の問いに答えるのだ。


「ホワイトデーはぁ♪ バレンタインのお返しにお菓子をもらうだけの日じゃないんで
す! 贈った愛情にどれだけ応えてくれるか、相手の愛情の深さや脈、その他もろもろ、
ワビとサビを楽しむ、古式ゆかし~い行事なんですっ! もちろん、贈ってもらうものの
値打ちでも愛情は計れますがー、それだけで差をつけるのはつまらなーい! よりセンス
のいいお返しは、時には値段や価値では測れない場合もありまーす! そこら辺を楽しみ
ながら、相手の気持ちと自分の気持ちの温度を測って、より親密になって、新しい恋の出
会いを探す切っ掛けにするのが、ホワイトデーというものなんでぇす! ドゥYOUオー
ケー、お姉さまァ?」


「……そ、…そうか。それは何とも味わい深い行事だな…。」


「ベルゼはぁ! 郷田さまのお返しがすっごい楽しみで~す! ベルギーにまでチョコの
修行に行かれたそうですしー! やっぱりお返しはホワイトチョコかしらァん! 愛情な
んかじゃなくて、チョコの甘さでとろけさせてぇえぇン☆ むきゃ~~~♪」
「アスモはぁ! 天草さまのお返しがすっごい楽しみで~す! あの方、すっごいイケて
てぇ、センスも良さそうだし~! お菓子なんてお子様っぽいものじゃなくて~! アク
セサリとかー、コスメとかーアロマとかー! きゃ~ん、何をお返しして下さるのか楽しみぃ~☆」


 アスモとベルゼは、姉妹の末っ子二人組でとても仲がいい。
 上の姉たちには微妙に付いていけないセンスで、きゃっきゃとはしゃぎ合う。


「そんなにも浮かれるものかしらね。上級家具たる者がみっともないっ。」
「マモンはさくたろに贈ったんだっけ? お返しとか、やっぱりあるわけ?」
「お返しというか何というか。緑寿さまたちとホワイトデーティーパーティをやろうって
約束になってまして。まぁ、みんなでまったりお茶でもしようかと。」
「何か、マモンが最近遠い人ぉ~! 98年組でいっつも仲良くしてるー、うらやましぃ
~! 姉妹愛だけじゃ足りないのー?!」


「私、愛はいっぱいじゃないと我慢できないんです。ま、強欲なもんで。くすくす。」
 ちょっぴり姉たちを小馬鹿にするようにマモンは笑う。




 マモンは案外こう見えて、人の縁を大切にする。友人の人数についても強欲らしい。
 何だかんだ言って、七姉妹で一番友人が多いのは彼女かもしれない。


 そんなわけで、七姉妹の下3人はホワイトデーに予定があったり期待があったりと、大
いに楽しそうだった。
 むしろ、上の姉妹たちの方がホワイトデーに不慣れで、どう待ち望めばいいかわからず、
不安な気持ちを持っていた。

 
「ベルフェは留弗夫にチョコ贈ったのよねぇ。…あいつからお返しとかあるの?」
「お、お返しのつもりなのかどうかは知らんがその、……買い物をするから付き合えと言
われた。」
「何それ何それ?! それでOKって言ったの?!」
「ま、……まぁその……。…中年男を介助して、怠惰にさせるのもその、私の務めだと思
い………、……。」
「わぁあん、ベルフェ不潔だ、ベルフェ不潔だ、いいもんいいもん、私も霧江とデートす
るもーん!」
「……良かったわね、ベルフェ。ずいぶんとスリリングな一日になりそうよ。」
「る、留弗夫を怠惰にさせるための一日だぞ…! レヴィア姉でも邪魔立てするなら許さ
ない…!」
「邪魔しないもん、霧江と一緒に嫉妬するだけだもんー! ベルフェのデートを、嫉妬に
染まった4つの瞳でずっと追い続けてあげるからね~!」
「@#$&ッ! *#%@$+%!!」
 ベルフェらしくない、狼狽した仕草を見せながら、レヴィアタンと揉めながら、ぎゃー
ぎゃーと賑やかにしている。……傍から見る分には、楽しそうだった。


 取り残される、サタンとルシファー。
この二人は、何だかいつも流行り廃りから取り残されることが多いようだ。
「どいつもこいつも浮かれ過ぎだわッ。煉獄の七姉妹ともあろう者が情けない!」
「サタンはどうなの。嘉音にチョコを贈ったんじゃなかったっけ?」
「…まぁ、無理やり押し付けただけだしね。お返しが欲しくてあげたわけじゃないし。」


 前回のバレンタインデーで、嘉音にチョコを渡そうとしたが、怪訝に思われて拒否され
てしまったし、朱志香にも追っ払われてしまった。
 押し付けたどころか、一方的に投げつけてきただけだ。あれをもって、バレンタインデ
ーのチョコの収受が成立したとは、当の本人にだって思えない。
 ある意味、一番、お返しの期待できないのが彼女だった。


 サタンはプライドが高い。自分だけうまくバレンタインがこなせず、そのことをこの一
月の間、ひどく気にしているようだった。




 と、……そこに人の気配が不意に現れる。
 何事かと二人が振り向くと、そこには実に不機嫌そうな表情を浮かべた、嘉音の姿があ
った。
 その様子を見る限り、少し前からそこにいたのだろう。
 サタンたちが話に没頭していたので、嘉音の気配に気付けなかったのだ。


「か、嘉音ッ…! な、何よ、あんた、何しに来たのよッ!」
 サタンは困惑しながらそう叫ぶ。…ただ、何とも恥ずかしいもので、こう口にしながら、
サタンはどうして嘉音が現れたのか察しがついてしまって、顔が紅潮するのを隠せなかっ
た。
 しかし、嘉音にはそんな乙女心など察しがつくわけもない。彼の目には、相変わらずサ
タンが不機嫌なようにしか見えていない。


「……バレンタインの時、一方的にチョコを押し付けてきただろ。…すごく迷惑だったが、
だからといって、お返しがないのも無礼だと思ったからな。」
 嘉音はそう言いながらポケットから、とても小さいけど、可愛らしく包装した箱を取り
出す。
 それをぞんざいに、ぽいっと放る。


 その小ささは、如何にも義理だと言わんばかりだが、包装のセンスから決してお安くな
いブランドのものを感じさせた。
 嘉音は右代宮家から、決して少なくない給金を得ている。しかし、無趣味な嘉音は特に
お金の使い道を持たなかったため、案外、お金を持っていたのである…。


「…義理のくせにこんなに高級なの買っちゃって。…バカみたい。」
「……安心しろ。お嬢様へのお返しのついでに買っただけだ。わざわざお前の分だけを安
くするために、他の店に足を運ぶのが面倒だっただけだ。」
「………あ、……あっそ。」
「これで借りは返したぞ。……二度とあんな真似はするな。」
 それを捨て台詞に、嘉音は姿を消す。


 ……ホワイトデーのお返しに添える言葉は数あれど、”借りは返したぞ”なんて言葉は
普通ない。しかし、ひねくれた二人にぴったりかもしれないと、ルシファーは思うのだっ
た。


 すると突然、ルシファーの方が後から強く叩かれる。
「い、痛ッ、…誰だ…!」
「いよっ、太もも姉ちゃん。」
「ば、戦人…! お前まで、ホワイトデーだというのか…?!」




「お前、おかしなこと言うヤツだなぁ…。バレンタインに手作りチョコをくれたのはお前
だろうが。そして俺も、必ずお返しするからなーって約束したはずだぜ? 俺ぁ、過去の
ことはいちいち覚えてない主義だが、さすがに一月前の約束を忘れるほど、頭が空っぽの
つもりはないぜー?」


 戦人は、背中に隠してた箱を、じゃーんとばかりに見せる。
 お店でラップしてもらったんだろうが、これまた戦人らしからぬ丁寧な包装。
 …包装というものにはきっと魔力がある。その中身が何であるかを問う前にもう、相手
の心に訴える力があるからだ。ルシファーはそう感じていた。


「お菓子じゃ子どもっぽ過ぎるだろうし。かといって、アクセサリーや化粧品じゃ好みも
あるだろうしな。ほら、紅茶なら多少は好みが違ってもイケるだろ?紅茶は嫌いか?」
「い、いや…、別に嫌いってことは……、」
「そっか、なら良かったぜ! 開けてみろよ。ぜひ香りを驚いてくれ!」


 戦人に開けるように促され、ルシファーは綺麗な包装に手をかける。
 もちろん、中の紅茶にも興味はあったが、こんな綺麗な包装を解いてしまうのがとても
惜しかった。
 重厚な赤に、取っておきたくなるような美しいリボン。そして黄金の蝶のブローチが飾
られていて。
「あれ? そんなの付いてたかな…?」「ッ…!!」


 ブローチだと思っていた黄金の蝶が羽ばたき、飛び上がる!
 戦人は何事かと驚くが、ルシファーにはもう察しが付いてるようで、さらにもう一手先
の展開を読んで、その意味で驚いた。
 そして、黄金の蝶は、黄金の鱗粉を撒き散らしながら、どろん!っと化けて、黄金の魔
女に姿を変える。


「どわッ?! 何だ?!」
「ベ、ベアトリーチェさまっ…?!」
「ばーとらぁあああああぁッ?! そのマリアージュ・フレールは妾のために買ったんじ
ゃないのかよォぉおおおおおぉお?!?!」
「な、なんでお前、俺の買った紅茶がわかるんだよ?!」
「えっ、あっ、うー…! だってだってー。戦人が妾にホワイトデー、何をくれるかなぁ
ッ、って! わくわくしちゃったからそなたを一日、ずーーーっと付けて回ってたわけ
だ! そしたら”でぱちか”なる素敵なところへ行きおって、なかなかお目が高い紅茶を
選びよったものだから! 日頃の妾への感謝の気持ちを込めて、贈答用に綺麗な包装など
しよるものだからッ! 妾への贈り物だと思ってたのに思ってたのに思ってたのにぃいい
いいぃ!! これは妾ではなく我が家具への物だと申すかーッ!! がるるるるるるがぶ
がぶッ!!」




「あ痛たたたたッたッ、止めて下さいベトリーチェさまッ、髪を噛まないでぇぇぇ!」
「おッ、お前は自分の部下に何やってんだよ、みっともないッ! これはな、バレンタイ
ンにわざわざチョコを手作りして持ってきてくれたルシファーへのお返しなんだよっ!」
「ええぇええぇえぇぇ!! じゃあ、妾へのお返しはァああぁ?!」
「お返しも何も、お前からはチョコをもらってないぞ。」


「えー?! だってほら、前回、妾も手作りチョコを渡したじゃん?!」
「ルシファーに作ってもらったチョコを、自分の手作りだと嘘吐いてな。突っ返しただ
ろ!」
「……ぁー、そう言えばそうだっけ…・午後の紅茶にぴったりのお茶菓子はないかと思っ
ていたら、……。」
「美味かったろ。」
「うむ、美味であったッ。」


 割と色々と忘れっぽいベアトは、戦人にチョコを突っ返されたものの、午後のお茶の時
間にはそれをけろりと忘れてしまい、「おぉ、こんなところに美味しそうなチョコが!」
とばかりに、ぽりぽりコリコリとリスのように食べてしまったわけだ。


「………………。…お前、脳みそもリス並だな。…というわけで、お前からチョコをもら
ってない以上、俺がお前にお返しをする義理はないわけだ。」
「それはおかしいおかしいッ! 受け取らなかったのはそなたの勝手であろうが!! 妾、
ちゃんとバレンタインしたもん! ホワイトデーにお返しもらえるもらえるもんッ! ホ
ーワーイートーデぇえええぇえぇ!! 戦人から何がもらえるかなッてずっと楽しみにし
てたのにぃいいいいぃ!!」
「ないもんはないッ。えぇい、駄々っ子みたいにバタバタするな、みっともないっ。はい、
ルシファー。これはお前のな。バレンタインの時はうまいチョコをありがとうな。」
「いや……、あの、……じ、実はあのチョコは……、」


 駄々と不機嫌でごちゃ混ぜになった主に遠慮しながら、ルシファーをおずおずと自分も
手作りではなかったことを打ち明けようとする…。
 するとその時、ボンッという音が響き渡って、辺りは紅茶の匂いを撒き散らした雲に包
まれた。紅茶の箱が破裂したのだ。


「きゃふッ、けほけほけほッ!」
「てッ、てめぇ、ベアト…! よくも俺の紅茶を! げほげほげほ!!」
 咳き込む戦人とルシファーを尻目に、ベアトはきゃっきゃと笑い転げる。


「うっひゃっひゃっひゃ! 妾のもらえぬホワイトデーなら、存在せずとも良いわ! ざ
まを見よルシファー、きーっはっはっはっは!」
 ベアトは笑い声を残しながら、無数の蝶の群れになって姿を消す。 




 彼女にとって、ホワイトデーはクリスマスのような日という認識だった。
 バレンタインデーに予め、男にチョコを贈っておくと、ホワイトデーにはきっとわくわ
くする何かをプレゼントしてくれるに違いないと。そんな風に考えていたのだ。


 だから、戦人に対し、自分にホワイトデーにお返しをする義務を与えて困らせてやろう
くらいの気持ちで彼女はチョコを用意していたのだ。
 しかし、ルシファーにはお返しをもってきたのに、自分にはなかったのが、とにかくと
にかく気に入らない。
 それくらいのことでどうして、と自分でも不思議になるくらい、とにかくとにかく気に
入らない。
 あれだけ楽しみにしていて、布団の中で指まで折って待ち望んだホワイトデーという今
日が、急に憎らしくなる…。


「さぁさ、お出でなさい、ペンドラゴンの記念兵、シエスタ姉妹ッ!」
 ベアトがケーンを振るうと、シエスタ45とシエスタ00が姿を現す。


「おや、珍しい。00が召喚されてくるとはな。」
「申し訳ありませんでありますっ。410は本日、天界選抜狙撃手交流訓練に参加してお
ります。代わりまして私めが参上いたしましたることをお許しくださいでありますっ。」


「て、天界選抜狙撃…、長いな…。それは如何様な訓練なのか。」
「はっ、はい! バレンタインデーに続き、ホワイトデーも、天界では恋愛狙撃手が大忙
しで手が足りなくなるのですっ。慣例で姉妹近衛隊から選抜狙撃手を応援に送ることにな
っております。」
「……知らなかったぞ。恋のキューピットは人手不足とな…。」
「410は優秀な狙撃手でありますので、毎年、多数のカップルを成立させると評判であ
りますっ。」


 いらっ。……ベアトの表情に露骨に不快感が浮かぶ。
 そしてそれを噛み潰すように、にやぁっと歯を見せて笑う。


「シエスタ姉妹、今日は狙撃が多いぞ。失敗は許さぬ、狙撃準備だッ!!」
「りょ、了解であります! 45、狙撃戦準備っ。して、大ベアトリーチェ卿。標的
は?」
「くっくくくく、多いぞ多いぞ、とにかく多い! 名付けてホワイトデー殲滅大作戦
ッ!」


 かくして、その日。
 平和でほのぼのしたはずのホワイトデーは、シエスタ姉妹の連続狙撃によって、次々に
打ち砕かれていったのだった…。




 第一目標。アスモが天草からもらったばかりの小箱。


「きゃあああぁあああぁあぁッ、天草さまにもらったばっかりなのにッ! まだ中身も検
めてないのにぃいいいぃ!!」
「…た、大したもんじゃねぇさ。また買えばいい。それより、あんたに傷がないことの方
が、今は喜ぶべきだぜ?」
「………ふきゃぁぁぁぁぁぁ…、天草さま、素敵過ぎるぅううううぅぅううぅ!!」
 副次目標追加。ムカつくので天草。
「失った物なんて、大した物じゃないさ。それより、ぶぎゃッ?! ぐほっ!」
「きゃああああああああ、天草さまああぁあああ、しっかりぃいいいい!!」
「ク、……クール……。…がくっ。」


 第二目標。ベルゼが食べようとしている郷田のチョコフルコース。


「うわあああぁあん!! 郷田さまのベルギー修行のチョコレートぉ、頬張ろうとしたら
砕け散ったぁああぁ!!」
「そんな馬鹿なッ! 王室秘伝のレシピのはずッ、どこでどう間違えたのか…?! この
郷田、まだ未熟が過ぎるというのかぁああああぁぁぁ!! も、もう一回、ベルギーへ修
行に行ってきます!」
「しゅ、修行はいいから、もう一回作ってぇえええぇ!! うわあああぁあぁあん!」
 郷田は再び、ベルギーへチョコの神秘とレシピを探りに旅に出るのだった…。


 第三目標。マモンと縁寿とさくたろのお茶会で、縁寿が焼いてるホットケーキ。


「ご、ご無事ですか、縁寿さまっ、さくたろ!」
「……知らなかったわ…。ホットケーキって焼きすぎると爆発するのね。…さすが私。家
庭科が1だったのは伊達じゃないわ…。」
 紅茶の香りを楽しみながら、焼きたてホットケーキでパーティをしよう。
 私だって、こう見えてもお金の力だけで解決するんじゃないのよ、ホットケーキくらい
焼けるんだから。……と言って、香ばしく焼き上げている真っ最中だったのだ。
「い、いえ、ホットケーキは炭にはなっても爆発はしません…。これはまさか…、」
「…う、うりゅー。なぜか僕だけは平気ぃ…。縁寿大丈夫? マモン大丈夫…?!」
「さくたろだけ攻撃を免れたということは、……同盟の誰かの攻撃?!」


 第四目標。ベルフェとウィンドゥショッピング中の留弗夫。


「る、……留弗夫ッ、だ、……大丈夫か……、」
「へっ、……どこの誰の仕業だ。悪ぃな、姉ちゃん。…どうやら俺の女と勘違いされちま
ったみてぇだな。庇えて良かったぜ。」




 本当は狙われたのは留弗夫なのだが。それすらも庇ったかのようにすぐに摩り替えるの
が留弗夫クオリティ。


 如何なる失敗も、何かを庇ったように見せ掛けてしまうテクは天下一品だ。……もちろ
ん、そういうのに耐性のないベルフェはころりと騙される。
「わ、わたわた、…私を庇ってくれたのか……。……しかし今の狙撃は、…まさかな…」
「女を庇って倒れた男は、チューすると蘇るんだけどなぁ。」
「そ、その手にはもう引っ掛からんぞ…! 今、手当てするっ。……あッ、」


 第五目標。レヴィアと夫尾行中の霧江。


「大丈夫? しっかり! 傷は浅いわよ…!」
「……危なかったです…。でも、お師匠様の身代わりになれたなら、この嫉妬のレヴィア、
…く、……悔いはないです…。」
「ぷ。杭なのに悔いはない? くすくす、大げさよ。方を貸してあげるわ、病院へ行きま
しょ。」
「それよりお師匠様、早くあの浮気魔留弗夫に天誅を…! 私はここから見守っています
からっ! ほ、ほら、見て下さい! あいつ、ベルフェに、…ひいいいいい!!」
「…………病院、すぐに連れてくからね。ベッドが2つ空いてるといいんだけど。……2
4×365×67940323580435798436759847598788…」


 第六目標。サタンが嘉音からもらったアロマポット。


「あッ、………そ、……そんな……。…今のは、シエスタ姉妹の狙撃ッ?! ……く、…
…くッ、…これは……、ホワイトデーに浮かれかけた私への罰なのね…。そ、そうよ。嘉
音はただのライバルじゃない。……あいつにしてはセンスがいいなんて、ちょっぴりでも
思っちゃったものだから……。…くッ、……じ、自分が悔しい、……許せないッ…! し
っかりなさいッ、私はベアトリーチェさまにお仕えする上級家具ッ、煉獄の七姉妹が一人、
憤怒のサタン!! あ、あいつの贈り物が壊されたって、……く、悔しくなんかないんだ
からッ!! ………………………くすん。」


 第七目標。ルシファーに紅茶を贈った、……とかもうどうでもいいや。とにかくムカつ
くから戦人。


「ぬおぉおおおおぉおぉおお、エンドレスナイン・バリアー!! ガキーン!!」
「ひぃ! あいつ、また弾きましたッ、ニンゲンじゃない!」
「反魔法装甲を貫通できませんっ! 次なるご指示を、大ベアトリーチェ卿!」


「ってことはお前の差し金か、ベアト!  どうやら、ヤケになってホワイトデーをぶっ壊
して回ってるみたいだな! いい加減にしやがれッ!!」




「きーっひっはっはっはっはァ!! 妾だけもらえぬホワイトデーに何の意味があろう
か! みんなみんな邪魔してやるぞ、ザマを見よ、ふーっひゃっひゃッ!! 見よ、妾の
暗躍により、打ち砕かれた無残なホワイトデーの数々を!」


 ベアトーがケーンを振るうと、煙のようなスクリーンにシエスタ姉妹たちの狙撃の顛末
が次々と映し出される。


「……約1件、クソ親父については自業自得だが。それを除けば、ひでぇことをしやがる
…。この鬼畜魔女め!」


「くっひっひっひ!! 妾のホワイトデーを蔑ろにした当然の報いだッ! 妾を恐れよ、
崇めよ! 妾の怒りは七日七月七年を越えて続こうぞッ! これから毎年、バレンタイン
デーとホワイトデーは、妾の名にかけて滅茶苦茶にしてくれるわ! あっひゃっひゃひゃ
ひゃ!! ……どうだ? そろそろ謝りたくなっただろう?! ベアトさまごめんなさい、
ちゃんとホワイトデーの贈り物を用意しますゥって言ってみろよォ! そしたら特別に許
してやってもいいぜェええぇ! ただし、ルシファーに贈った物より安かったら許さねェ
けどなァあああぁあああぁ!!」
「……………アホ抜かせ。誰がお前みたいな嘘吐きわがまま魔女の言いなりになるもん
か。」
「む、……む…。」
 戦人の返し言葉が、ベアトとあまりにも温度差があったので、調子が狂い、言い淀んで
しまう…。


「バレンタインもな、ホワイトデーもな。それぞれの気持ちと、心の中から湧いてくる感
情で出来てるんだよ。それを貢ぎ物か何かと勘違いしてるヤツには、何も受け取る資格は
ねぇんだ。」
「ほ、…ほぉ…。妾にはホワイトデーに貢ぎ物を受け取る資格がないと。」
「あぁ。ねぇな。お前が何をしようとしまいと。これだけは宣言してやるよ。いいや、俺
が赤で宣言してやるぜ。」


“俺は今後絶対にお前に! ホワイトデーに贈り物をしないッ!”


 そう戦人が言い切る。
 ベアトはニヤリと不敵な笑みを返すが、落ち着きなく下唇を噛む。
「く、ははははははは、はっははははは!! 貴様のその覚悟、よく飲み込んでおくが良
いぞ!! わははははは、きゃーっはっはっはははははは!! 妾はバレンタインを憎む、
ホワイトデーを憎むッ!! 世の中のマヌケどもよ、今日という日を忘れるな!! ホワ
イトデーなど二度と訪れるものかッ! くっひゃっひゃッ! ホワイトデーなど消えてし
まえぇええええぇえええぇええぇ!!」




「うわああぁああぁあぁぁぁぁん。お師匠様ぁああぁぁあぁぁ、妾もホワイトデー、贈り
物が欲しかったよォおおおぉおぉぉぉ……。」
「は、…はいはい。……またこの子は、心にもないことを瞬間湯沸かし器状態でめちゃく
ちゃにして、自己嫌悪に陥ってるわけですね? おー、よしよし…。」
「ぷっくっくっく・・・。やれやれ。先月のバレンタインの話が、よもやまだ続いておりまし
たとは。」


「そもそもはといえばロノウェが悪いッ! そなたがチョコを作ったから、妾は嘘吐き呼
ばわりされたのだぞッ!!」
「はて、それは心外な。私めはお嬢様のご命令に従い、最高のチョコをご用意したに過ぎ
ませんが? 美味しかったでしょう? カルチェラタンの香りによく合う美味しさだった
でしょう?」
「う、うむ。美味しかった。カリカリこりこり行けてしまった。」


「では私めのせいではありませんなぁ。一方的にお嬢様が悪いかと。」
「……そうですよ。どうしてロノウェのせいになるのですか。」
「じゃ、じゃあじゃあ、ルシファーが悪いぃ! あいつがロノウェのチョコを自分の手作
りだと言って戦人に渡したから私が嘘吐き呼ばわりされたー!!」
「ぷっくく! 手作りと偽ったのはお嬢様も一緒ではありませんか。」
「ルシファーは悪くありません。あなたのために普段から一生懸命尽くしてくれる家具で
すよ。粗末にしたら怒ります。えぇ、本気でです。」
「……う、……うう…。…じゃ、…じゃあ。ロノウェも悪くなくて、ルシファーも悪くな
いなら、……戦人が悪い?」
「………こ、この子はまったく。……いいですか。そもそもは戦人くんの言うとおり、あ
なたがホワイトデーを、貢ぎ物をもらえる日などと勘違いしているからいけないので
す。」


「たとえ義理チョコなれど、男女の甘酸っぱさを楽しもうという、風雅な気持ちがなくて
はなりません。…バレンタインにチョコを押し付ければ、ホワイトデーに返礼を強要でき
るという考え方は、エレガントとは申せませんな。」
「…う、……うぅぅぅ…。」


 ワルギリアとロノウェに、二人掛かりで怒られては、さしものベアトも言い返せない。
 しかし、納得できない気持ちがあるらしく、下唇はまだ噛み続けている。瞳に留まる涙
は熱かった…。




「……正直に仰いなさいな。本当は寂しかったんでしょう?」


「ぅ……。…うわぁああああぁあぁぁぁぁん!! 妾もホワイトデーに贈り物が欲しかっ
たぁぁぁ! なのに、七姉妹たちばっかりずるいずるい! ルシファーは戦人から紅茶も
らえたのに、妾には何もないなんて…、……これからも未来永劫、何もないなんて、やだ
ぁ、つまんない、……そんなのやだよぉおおお、うわぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ……。」
 泣きながらワルギリアのドレスに顔を埋めるベアト。
 その様子に、ワルギリアとロノウェは顔を見合わせ、溜息を漏らす。


「良いですか、ベアトリーチェ。もしも戦人くんからホワイトデーにお返しが欲しかった
なら。バレンタインデーに、戦人くんに心の篭ったチョコを贈るべきでした。下手くそで
も構わない。それでも作るのが無理ならば、お店に行って、どれが相応しいか真剣に悩む
のもいい。とにかく、彼に喜んでもらおうという気持ちが必要だったのです。」


「そしたら、戦人は妾にもホワイトデー、お返しをくれる……?」
「あなたの気持ちがちゃんと伝われば、ですよ。」
「手作りチョコも、私のようなプロフェッショナルに相応しいレシピから、カッコ笑いが
付いちゃうような超スウィーツ(笑)のお嬢様でもそこそこ格好が付く、ヌルヌルビギナ
ーレシピまで色々ございます。チョコに心を込めるのは、難しいことではありません
よ。」


「………来年のバレンタインに…、妾が手作りチョコを作れば、……戦人も機嫌を直して
くれる…? 来年まで待つの…? 来年まで戦人、妾をあんな冷たい目で見てるの…?
……そんなのやだよぉ……。」
 はぁっと、ワルギリアは苦笑いの溜息を漏らす。
 しかし、ようやく素直になってきた。ベアトは時間をゆっくり掛けて心を解きほぐしさ
えすれば、ちゃんと素直になれる子なのだから。


「では、ベアトリーチェ。こうしましょう。……私の持つ最大の秘術で、時間をバレンタ
インの前日に戻してあげましょう。」
「……え、…ええぇッ?! そ、そんなすごい魔法、あ、あるのか?!」
「時間逆行ですか…。……まさかそのような大秘術をマダムがお使いになれたとは。…い
えいえ、マダムだからこそでしょう。あなたには、今なお驚かされ続けます…。」
 大悪魔のロノウェをして驚く大秘術。時間逆行。
 その魔法によって、ベアトはバレンタインデーの前日に戻り、今度こそ手作りチョコを
作って、戦人にプレゼントする…。


「生涯において何度も使える術ではありません。それを使うのです。この機会を疎かにし
てはなりませんよ…?」
「う、……うむっ。わかっている…。」




「あなたはこれより時間を遡りますが、時の激流に常に逆らい続けるのです。あなたにわ
ずかほどの油断があれば、すぐにでも術は解けてしまいますからね。気をつけるのです
よ。」
「わ、わかった。油断しない。」


「秘術は私が使いますが、それを維持する魔力は、過去の世界に存在するあなただけで賄
わなければなりません。つまり、あなたにも、大秘術に等しいだけの集中が必要だという
ことです。」
「わかっているっ。して、その集中というのは?」
「疑わないことです。ここが過去の世界であることを疑えば、たちまちのうちに術は解け
てしまいますよ。魔法の基本です。信ずる心なくして、如何なる魔法の成就もありえな
い。」
「わ、……わかった。」
「それではベアトリーチェ。いってらっしゃい、バレンタインデーの前日へ。今度は真面
目に、そして素直になるんですよ?」


 ワルギリアがパチンと指を鳴らすと、ベアトは黄金の蝶の群に変えられ、厨房に運ばれ
ていく……。
 それを見送るワルギリアとロノウェ……。


「しかし、時間逆行とは……。なかなか面倒な秘術をお使いになりますね。」
「……えぇ、とても面倒な秘術です。この秘術は術者一人では、とてもとても扱いきれま
せん。」
「わかっております。ささやかながら微力いたしますよ。」
「関係者全員に、今日はバレンタインデー前日だと言い含めるように。カレンダーや新聞、
テレビにも注意ですよ?」
「えぇ、心得ております、マダム。お任せを…!」
「あなたたちも聞いていましたね?」
「「「「「「「はい、先代さま!!」」」」」」」


 かくして。
 すべての関係者に、今日はバレンタインデーの前日であるという口裏合わせがなされた。
 知らぬのはベアトだけだ。


 厨房で意識を取り戻したベアトは、ごそごそとレシピ本を漁る。
 すると都合のよいことに、カンタン!と書かれた付箋が何本か貼ってあって、初心者で
も作れそうなチョコを紹介していた。(もちろんこれはロノウェの手回しだ)


「……妾が本気を出すからには、こんなカンタンなものではだめだッ! 妾はやれば出来
る子というところを見せてやろうぞッ!」




 …と、勝手に意気込み、ベアトはせっかくの付箋を無視して、見栄えの良い難易度の高
いレシピに挑戦する…。


「何しろ、ロノウェに作れたのだ。そのロノウェを使役する妾に出来ない論法があろう
か? 妾を本気にさせたこと、皆、後悔すると良いぞ! ふっはっはははははは!」
 ……やれやれ。その様子を魔法の三面鏡でうかがうワルギリアたちは、何度目になるか
もわからない溜息を漏らすのだった…。


 それからの半日は、……料理界に衝撃とスペクタクルを与える出来事の連続だった。
 チョコを湯せんするだけで、釜を破裂させてみたり。チョコが焦げたり破裂したり粉に
なってしまったりは可愛い方だ。
 挙句には、チョコに足が生えて厨房中を駆け回ってみたり、羽が生えて飛び去ってしま
いそうになったり。ベアトのチョコ作りの道具の中に虫取り網まで追加される始末。
 その様子はどう見ても、もはやチョコ作りからは逸脱していた…。
 しかし、度重なる失敗で厨房をチョコ塗れにしたせいか、甘いチョコの香りが漂い、彼
女が何を成そうとしているのか、常に忘れさせないようにしてくれた。


「こんなにも苦労して作ってるんだから、妾の気持ちはたっぷりだよなぁ。こんなチョコ
を受け取ってしまったら、戦人め。ホワイトデーのお返しは大変なことになってしまうぞ。
きっひっひ…!」


 そう笑いながら鍋をかき混ぜるベアトの脳裏に、お師匠様の言葉が蘇る。


”ホワイトデーも、貢ぎ物がもらえる日などと勘違いしてはなりませんよ。”


 ……そ、そうだそうだ。せっかくお師匠様の秘術でもらった、大切な機会ではないか。
 今はそんな不埒なことを考えてはいけない。考えてしまったら、そのせいで術が解けて
しまうかもしれないのだから。
 ベアトは、バレンタイン前日を示す日めくりカレンダーを見上げ、それが元の日にちに
スゥッと戻ることを想像して、頭をブルブルと横に振ってから、再びテンパリングに没頭
した…。


「……あら、すっごいいい匂い。ベアトがお菓子作りに挑戦するなんてね。いよいよハル
マゲドンも近いのかしら。」
「その声は…! ガァプかっ。」


 がちゃりと冷蔵庫が空いて、その中からガァプが姿を現す。
 もちろん冷蔵庫の中に潜んでいたわけではない。ワープポータルを使い、冷蔵庫の扉か
ら現れたのだ。




 友人の前に唐突に現れるのは失礼。可能な限り、扉を経て現れるべきであるというのが、
彼女のささやかな美学のようだった。


「おかしなタイミングで遊びに来ちゃったかしら。忙しかった?」
「構わぬぞ。よい試食の生贄がやって来たっ。」
「……チョコ作りの過程で、どうやったら厨房がこうも荒れ果てるかを説明してくれたら
考えるわ…。」
 さすがのガァプも、この有様には呆然とする。
 いや、それよりも、なぜベアトがこんなことをしているのかの方が気になった。


「ねぇ、ベアト。……あなたどうしてチョコなんか作ってるの?」
「もちろん、バレンタインデーのためであろうがっ。明日のバレンタインに備えてだ
な、」
「……………。…今日、ホワイトデーよ?」
「…………。」


 ……ベアトの手が、ぴたりと止まる。
 そのちょっとだけ凍った空気に、ガァプには察しようもないが、何かの事情があるらし
いことを汲み取る。
 しかし、今さら慌てて言い繕っても、どうしようもない。


「……ごめんなさい。余計なこと言っちゃったかしら…? ………忙しいようね。私、今
日はこれで失礼するわ。…またね。」
 ベアトは応えない。
 ガァプは床に黒いワープポータルを開くと、何も言わずに飛び込んで姿を消す。
 …後には、時を止めてしまったかのように呆然とするベアトだけが残された…。
 ………やっぱり、……そうじゃないかなァって、……思ってたんだよなァ…。
 だって、時間を逆行させるなんて大魔法、…いくらお師匠様だって、指を弾くだけで出
来るわけがない……。


「……ぐすり………、っ……。」


 塩辛い鼻をすする。
 涙が一粒、チョコを溶かしたボゥルに落ちた。
 ……もう、何だかすごい馬鹿らしくなって、……すごい自分が馬鹿で馬鹿で……。
 誰にも怒りはわかなかった。…でも、こんな幼稚な嘘を真に受けた自分が、何よりも馬
鹿馬鹿しくて、……自分で自分が悔しかった…。




 丹念に丹念に。
 愚直に愚直に。
 丁寧に丁寧に。


 …そうやって作ったら、やっとチョコらしき物に近づいてくるという手応えを、ようや
く得たのに。
 ……もうどうでも良過ぎる。悲しくて馬鹿馬鹿し過ぎる。
 捨てちゃえ、こんなの。ボゥルを両手でぎゅっと掴む。
 ……数時間に及ぶ、…あるいはたった数時間の、…自己への贖罪が詰まったボゥル。
 投げ出せ…、…ない。
 もう、涙をそれ以上、堪えることが出来なかった…。


 バレンタインとか、ホワイトデーとか。
 ……妾は、何を楽しみにしてたのかなァ……。
 恋愛感情とかは別にない。
 でも、………何かこう、………花冷えの初春が終わって、ようやく空気が温んでくる頃
の陽気のような。
 ……そういうものが、妾も一緒に感じたくて。
 別に、……貢ぎ物なんか、……どうでも良かった……。


「……ううぅ、……ぐすっ……! これが、……本当の、……バレンタインの前日だった
らなァ……。……どうして今日は……、3月の14日なの……?」


 全部遅い。
 もっともっと。……バレンタインとホワイトデーの二つの不思議な日を、楽しもうとい
う気持ちを持てていたら…。


 カレンダーは、…ロノウェ辺りが細工したのだろう。数学上は、2月13日となってい
る。
 でもそれは嘘なのだ。


「このカレンダーのとおり、………本当に今日が2月13日だったらなァ……。」


「2月13日じゃねぇんなら、今日は一体、何月何日なんだよ。」
「ばっ、……とら……。」


 魔女の厨房に、戦人がどうやって迷い込んできたのか…。
 しかしそれを問う必要はなかった。彼が勝手に応えたからだ。




「チョコっぽいような、そうでないようなおかしな匂いがするからと、来てみれば。まっ
たく、おかしなモノを見ちまったぜ。まっさか、ベアトともあろう魔女が、甲斐甲斐しく
明日に備えてチョコを手作りしてるなんてなぁ?」
「……………。」
「……誰にあげるつもりだかよ。ま、それが俺じゃねーことを祈るぜ…。」


 ……戦人の演技は、ちょっぴり下手だった。
 もっともっとうまかったら。ベアトの傷心を少しは癒せたかも。
 しかし、演技であることがバレバレで、かえってベアトを苦笑いさせるだけだった…。
 …わかってる。
 お師匠様かロノウェ辺りが、戦人にも私の情けない事情を話し、協力を求めたのだろう。
 情けない……。情けない……。
 天下の大魔女、黄金のベアトリーチェが、……情けない……。


「…………っ、………と……」
 …当の戦人も、やはり自分の演技が下手だったかと認めつつあった。
 やはり、こんな単純な嘘や演技では、騙し続けられたわけもない…。
 せめて戦人に出来るのは、…安っぽい言葉を無理に掛けず、沈黙する方がかえって傷つ
けないと、気付くことだけだった。


 もう、こんな茶番、おしまいにしよう。ベアトは、この張り詰めた空気を終わらせルこ
との出来るのは、自分だけだと気付く。
 …いつものように、下品に笑い転げて戦人を罵倒すれば、それで全部元通り。……ある
いは、元通りにぐちゃぐちゃのしっちゃかめっちゃか。


 その時、………お師匠様の言葉が、最後にもう一度蘇る…。




”疑わないことです。ここが過去の世界であることを疑えば、たちまちのうちに術は解け
てしまいますよ。魔法の基本です。信ずる心なくして、如何なる魔法の成就もありえな
い”


「……そう、……だよな……。……ぐすっ……。」


 妾は、……どんな大魔法だって自由に使いこなす大魔女じゃないか…。
 魔女なら魔法、………使いこなして、……見せなくちゃ……。


「う、……うむ…っ」
「……ん?」




「そうだ、よくわかったなッ。明日のバレンタインのために、妾はチョコを作っているの
だっ。」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃのくせに、………憑き物が落ちたかのような、不思議な笑顔を
していた。


「妾の手作りチョコなど贈られたら、……きっとそいつは驚くぞォ!」
「そ、そりゃあ驚くだろうぜ。中に何が入ってるやら。おっかなくて食えたもんじゃない
だろうぜ。」
「失敬な。これは正真正銘、普通のバレンタインチョコである! 世の男どもが、年にた
った一度、労せず女からチョコをもらえる奇っ怪な祭りの日ではないか。その祭りを、妾
も混ぜてもらおうと思ってなっ。」
「へっ。こんな時ばかり、女の子っぽい真似を始めやがって。」


 不思議だった。言えば言うほど、……戦人の言葉から嘘っぽさがなくなっていく。
 そして、……本当に今日は、2月13日なんじゃないかという気がしてきた…。


「こんなチョコ受け取っちまったらその男、ホワイトデーにお返し、してくれちゃうかな
ァ…。」
「するだろ。きっとな。」
「…そいつ、赤き真実で。ホワイトデーにはお返ししないって言ったぜェ…? だからお
返しは出来なェだろうなァ…。」
「いいや。…出来るだろ。」
「どうやって。」
「そいつは、青き真実で語るぜ。つまりはこういうことだろ?」


“ホワイトデーはバレンタインの一ヵ月後にある。ということは、明日、お前のバレンタ
インチョコを受け取った男は、明日の一ヵ月後にお返しをすれば、それはお返しと認めら
れるってわけだ。”



「明日なんだろ? バレンタイン。」
「う、……うむっ。」
「じゃあ、お返しがあるならその一ヶ月後だな。しかし、どういうわけかその一ヵ月後が、
ホワイトデーでない日だったなら。お前のチョコに、そいつは赤の矛盾なくお返しが出来
るって寸法になるなぁ。」
「……ふっ、相変わらずの屁理屈男め…。お、お前と長々とおしゃべりをしていたから、
見ろ! テンパリングがまた失敗だ! またまた湯せんからやり直しだ! お前も手伝え、
妾はもう手首がクタクタだぞ!」
「い、威張るなよ。俺に手伝えってんだろ? ……ちぇ、今日だけはちょいと付き合って
やるぜ。」




 ぱたん。
 何の音かなと思い、音のした方向を見ると、そこには冷蔵庫が。
 じゃあ、今の音は冷蔵庫の閉まる音……?


「ど、……どうした。急に顔を真っ赤にして。何かドジったか、俺。」
「なっ、何でもないッ! ほら、きりきり茹でろ、きりきり溶かせ! あーもう面倒だッ、
お前にチョコを塗りたくってオーブンに放り込んでしまおうかッ!」


<おしまい>










07th Expansion Presents


うみねこのなく頃に
ベアトリーチェのホワイトデー