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GATE stalemate配布小冊子

追加TIPS

2009年11月22日に開催された、『うみねこのなく頃に』オンリーイベント「GATE:stalemate」で配布された小冊子の全文です。
改行・誤字・頁など原文なるべくそのままにしました。


 今日、11月23日は勤労感謝の日。
 日本では、勤労を尊ぶ休日になっているが、子供たちにとっては特に、家族のために働いてくれる親に感謝する日という感じになっている。
 幼稚園や小学校で、両親に感謝するために、工作の時間に色々なものを作った記憶がおありの方々も多いはず…。

「うー! 真里亞ね、学校で勤労感謝の日のプレゼント作ったの! ほらー、これなのっ、うー!」
「おー、素敵な封筒じゃねぇか! “勤労感謝の日のプレゼント”、か。直球なのがいいなぁ!」
「綺麗に飾りつけが出来てるね。折り紙で作ったの? 貼り付けてあるお花がとても上手だね。」
「何て言うのか、真心が伝わるぜ。で、中身は何なんだい?」
「うー! えっとね、ほらっ。肩叩き定期券~! 一ヶ月有効なの。いつでもママがして欲しい時に、真里亞が肩をトントンしてあげるの!」

 有効期限は一ヶ月。一日一回、30分。

 ただし時間は、夜の9時まで。だから早く帰って来てねという、真里亞のメッセージも込められている。
 封筒も定期券も非常に丁寧に、そして楽しそうに装飾されていて、なかなかの力作だった。
 戦人、譲治、朱志香たちは、その真心に感動を覚えずにはいられなかった…。

 ここは都内某所の喫茶店。
 たまにはいとこ同士で集まってお茶でも、という譲治の提案で集まったものだ。
 さっきまで楼座が一緒だったが、彼女も仕事の相手と挨拶の約束があるとかで、真里亞を預け退席していた。
 なので、こっそり。真里亞は、今日、楼座にプレゼントする予定のものをみんなに見せてくれたのだ。

「今日、お夕飯を食べたらプレゼントするの。うー!」
「そりゃあ、喜ぶぜ…。……そういう気持ち、忘れて久しいなぁ。」
 朱志香は、気恥ずかしそうに頭を掻きながら目を逸らす。……真里亞の素直さが、ちょっと眩しいのだ。
 それは戦人も同じだった。真里亞の無垢な笑顔に、気まずそうに笑ってしまう。


 ……誰だって親には感謝してる。しかし、反抗期に一度うやむやになって。
 ……その後、そういう気持ちを持つのが、まるで恥ずかしいことのような気がして、そのままになってしまう。
「……私も、……何かお土産、買って帰ろうかな…。」
「譲治の兄貴もさっきから荷物を持ってるけど、ひょっとして親へのプレゼントだったり…?」
「うん。父さんには新しい財布をね。……縁起担ぎなのか、随分古いのを使い続けてるんだけど。最近は小銭入れが破けて、硬貨がよく落ちるみたいだから。そろそろ新しいのがあってもいいと思って。……あと、うちでは勤労感謝の日には、母さんにもプレゼントを贈るんだよ。今日、僕が行き掛けに受け取ってきたこれが、母さんへのプレゼントさ。」
「へぇ。そいつは何だい?」
「包丁だよ。母さんは、包丁にはこだわりのある人だからね。ブランド物でね。きっと気に入ってくれると思う。」

 絵羽は、親族会議の席でこそ、かなりやり手のうるさ型にも見える。
 しかし家庭では、料理とガーデニングを得意とする、良き母なのだ。
 特に創作料理にはこだわりがあり、時に、ご近所の主婦を招いてのホームパーティで、自慢の新作を披露して喝采を受けたりもする。
 そんな“台所の魔女”には、きっとぴったりの贈り物だろう。

「包丁ねぇ。プレゼントってくらいだから、上等そうだぜ。いくら位するんだ?」
「プ、プレゼントは値段じゃないよ。……これは20万ちょっとくらいのかな。」
「「に、にじゅうまんえん?!?!」」
「うー、それって高い?」

 譲治は、社会勉強の一環として秀吉の会社で見習いをしている。お金の使い方も勉強するということで、給料と呼んでもおかしくないお金をもらっていた。
 もちろん彼はそれをきっちり貯金していて、使うべき時には、それを惜しまず使うように教えられているのだ。これはまさに、その勉強の成果を両親に教えるものだった。
「ご、誤解しないでほしいのは、値段じゃないってことだよ。僕のプレゼントにも真里亞ちゃんのプレゼントにも、どちらにも勝るとも劣らないものが宿ってると思うよ。大切なのは気持ちなんだからね。」
「うー! 気持ちが大事―!」
「二人とも、お父さんに感謝する機会ってある? 案外、ないものだよ。勤労感謝の日って、僕は素敵なイベントだと思うけれどね。」


 戦人と朱志香は顔を見合わせる。
 戦人も、留弗夫とは色々あって、未だにぎくしゃくとした関係だが、……一応は、親としての敬意を感じてもいる。ただしそれは、口に出してまで伝えるものとは思っていない。
 朱志香も同じ。両親には一定の感謝をしながらも、それは口に出してまでするものだとは思っていない。
 そんな二人にとって、譲治の言葉は、少し沁みるものがあった…。

「プレゼントはね、誰でも使える、とっても簡単な魔法なの。」
「魔法?」
「うん。感謝の気持ちは、してる本人にはよく見えるのに、相手にはちっとも見えない、悲しいもの。それをね? 目に見える形に出来て、伝えることが出来る、とっても簡単で、そしてとっても素敵な魔法なの。」
「そうだね。贈る物の値段は関係ないんだよ。相手を思って、何を贈ったら喜ぶか考え、自分の足でそれを探し、包んで持ち帰り、感謝の言葉と共に手渡す、その過程。それがプレゼントという形になって結実して、相手に伝わる。……魔法と呼んでもいいものだと思うよ。」
「本当に魔法なんだよ…! この魔法を使うとね? ママが必ず元気になって、にこにこになるの! そして会社の仕事も早く終わるようになって、毎日お家に帰ってきて、一緒にお夕飯を食べてくれるようになるの! 本当なんだよ?! すごい効き目なの! うー!」
「確かにな。こんな真心のこもった、肩叩き券を贈られちまったら、……ジーンと来ちまうなぁ。」
「……よしッ。私も父さんのために何か買うぜ! 高感度アップを狙ってうまくいったら、……エヘヘ、ギター買ってもいい?って切り出せるかも。」
「下心ありありだな。まぁでも、それでも何も贈らないよりははるかにいいぜ。」
「そうだね。しない善より、する偽善だよ。ゴマ擦りだと思われてもいい。いや、そのつもりでもいいから、たまには何かご恩返しをしてみたら? ……きっと、何かが素敵になるきっかけになると思うよ。」
「家族が幸せになる魔法なの。うー!」
「何だったら、これからデパートにでも行ってみるかい?」

 譲治がそう切り出すと、戦人と朱志香は顔を見合わせる。
 ……うん。たまにはそういうのもいいかもしれない。二人は笑顔で力強く頷くのだった。
 駅ビルには様々なお店が入っていた。
 お財布さえ許せば、どんな物でも手に入りそうだ。
「戦人は、留弗夫伯父さんに何を買うの?」


「……親父にねぇ。……無難にネクタイ辺りを、…とでも言いたいところだが…。親父のヤツ、ネクタイの好みにうるさくてなぁ。よくもらいもんのネクタイにガラが悪いとかダサイとか、ずいぶんグチを言ってるんだよなぁ。」
「ネクタイは好みがあるからねぇ。でも、プレゼントなら、どんな物でも嬉しいものだよ。」
「ファッション系より、日用品系がいいかなぁ。日用品なら、とりあえず使えれば文句は言わないだろうし。」
「あー、わかるわかる。私も、父さんのセンスはよくわからないから、実用性のあるものを探したいぜ。」
「うー。大切なのは気持ちー。センスはいいのー。」
 いやいや、まったく真里亞の言う通り。
 戦人と朱志香は、頭を掻きながら、各フロアの色々なお店を見て回るのだった。

「……私、この辺が気にいったかもしれないぜ。」
「おぉ、どてらとはまた渋い。でも、蔵臼伯父さんに似合うかー?」
「うちは母さんが厳しいからさ。自室以外は、たとえ屋敷の中でも公共の場と同じ身なりをって厳しいんだよ。……でもさ、それじゃー、肩が凝るってもんだぜ。父さんも時々、こっそりグチってるよ。母さんが来ると、すぐに黙っちゃうけど。」
「はははははは、蔵臼伯父さんも可愛い人だね。」
「うー! どてらはいいよ! ママも冬は、どてらにジャージで、おこたに入ってミカン食べながら紅白見るー。うー!」 
「あ、あのお洒落な楼座叔母さんが…? そ、それは衝撃的な光景だな……。」
「僕はどてら、素敵だと思うよ。家では、のんびりリラックスしてほしいという気持ちは、家族にしか伝えられないからね。」
「確かにな。こういうのは、身内からもらってこそだぜ。」
「蔵臼伯父さんには、どんなのが似合うかなぁ。うーうー! 真里亞はこのピンクのカバさんのがいいー!」
「さ、さすがにそれは父さんは着れねぇぜ…。……父さんが着ても恥ずかしくない、もうちょっと貫禄のあるヤツはないかな。」
「……蔵臼伯父さんだと、どてらってよりは、ナイトガウンって感じだけどなー。」
「いやいや。肩肘を張らない家庭的なものが、かえって喜ばれるものだよ。それに、朱志香ちゃんが自分で決めたというのに意味がある。僕は素敵なチョイスだと思うよ。」
「それもそうだな。……朱志香だったら、ガウンよりどてらってイメージだぜ。」


「なッ、何だよそれ! どういう意味だよ、うぜーぜ! それより戦人は何にすんだよ…!」
「俺はもう決まってるぜ。ま、無難にな。」

 戦人はもう目当ての物を決めていた。
 朱志香のどてらを買い、次はその売り場に向かう。
「うわー。こういうとこには私、縁がねーぜ…。」
「戦人、何買うの? 電動髭剃りー?」
「親父、あー見えてヒゲが濃いからなー。油断してると、祖父さまみたいに、もみあげが顎ヒゲと繋がっちまうってぼやいてるぜ。」
「あっははははは。なるほどね。これなら、贈られて困ることはないだろうね。」
「しかし、家電製品なみに色々あるぜ…。女の私にゃ、どれがどう高性能なのかさっぱりだぜ。」
「まぁ、値段に比例して性能が高いと思って間違いないだろうね。女性の化粧品も同じでしょ?」
「んなこたねーぜ。値段だけじゃなく、メーカーや相性もあるし。……安いのが肌に合わないと、お肌も財布もキツいわけだぜ。」
「クソ親父のヒゲなぞ、芝刈り機でちょうどいいだろと思いたいとこだが、まぁ、今日は特別だ。たまには勤労を感謝して、いっちょ、まともなものを買ってやるぜ。」

 戦人も色々と悩んだ結果、少し古い型の、展示品在庫限りを見つけ、比較的安く購入することに成功する。
 これで、戦人も朱志香も、無事にお父さんへの日頃の感謝のプレゼントを手に入れることが出来た。
 二人はくすぐったそうに照れあうが、たまにはこういう買い物もいいかなと、微笑んでいた……。

     ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

「お師匠様よー。その話、まさかそれで、それぞれが親に渡して、ニコニコ笑顔でめでたしめでたしで終わるんじゃねぇよなー?」
「そ、そうですが、何か不満でも…? 子供たちが日頃の父親の勤労に感謝する、素晴らしいお話ではありませんか……。」
「うー。ベアト、真里亞は面白いよ?」
「ダメダメ! こんなのつまんねぇってー。なぁ、ロノウェ、ひねりがねぇよなァ?」
「ぷっくっく…! まぁ、マリアさまはともかく、ひねくれたお嬢様は、ひねくれたオチをお望みでございましょうから。」


「こ、こら…! 人がマリア卿のために、真面目な、ためになるお話を聞かせているというのにっ。」

 ワルギリアは、良い話を聞かせているはずだった。
 しかし、これ以上、何のオチもないことを悟ったベアトが、退屈そうにゴネ出す。
 ロノウェはそれをとっくに予見していたらしく、手元の懐中時計を確認しながら、くすくすと笑っていた。

 ……ちなみに、ロノウェが心の中で賭けていた時間より、約1分、ベアトが退屈し出すのが早かった。

「だいたい、それでオチが、みんなニコニコして楽しく過ごしましたとさ、めでたしめでたしでは、あまりにひねりがない。面白くない!(キリ!)妾のゲームを見てきて目の肥えた観劇の魔女諸賢は、ここで妾が登場して、ひと混ぜしてくれることを期待しているわ。なぁ、マリア? なぁ、ロノウェ?」
「さぁて、いかがでございましょう。お嬢様が多分、お心の望むままにされるのが、一番良い結果になりましょうから。」
「うー!! 真里亞、ベアトのお話も聞きたい! 聞かせて聞かせて!」
「くっくくくく! そういうわけだ、お師匠様! 少し妾が話をいじくってやろう。」
「ダ、ダメですよ…!! これは勤労感謝の日に、親に感謝する気持ちを描いた、綺麗なお話なんです…! 変な茶化しはしちゃダメです…!」
「まぁまぁ、そう堅いこと言わずにさァ。妾がちょっぴりひねるだけだからァ。」
「も、……もう、仕方がありませんね。…少しだけですよ? ただし、オチは必ず、良いものにするんですよ? 無事にプレゼントを手渡して、幸せになれましたと、そういうオチにしないと怒りますからね?!」
「ふっふっふっふっふ!! お師匠様の許可が出たぞぅ! それでは弄るぞ、この物語、このゲーム盤! なぁに、大きく掻き乱しはせぬ。ほんのちょっぴり、微笑ましい変化を加えるだけよ。」
「微笑ましい変化…? ……何ですか。プレゼントを、何かおかしな、グロテスクなものや、そ、その、教育に悪いものに入れ替えてしまおうとでも言うのでしょうっ。」
「うー? 教育に悪いものって、何?」
「何だろうなぁ~お師匠さまァああぁああぁ???」
「そ、そのッ、……こ、子供にはちょっと早い、夜のお道具とかです…!! この小冊子は全年齢なんですよ?! あなたの考えそうなことはすでにお見通しです!」


「くっひっひっひぃいい~、夜のお道具ってナァニかなぁ~?! ノンノン、安心せよお師匠様ァ。妾はこう見えてももう、下品は卒業したのだ。そのような無粋はせぬって…!」
「で、では、何の悪戯をするつもりですかっ。」
「取るに足らぬイタズラよ。4人の準備したプレゼントが、ちょっとした気まぐれ事故で、入れ替わってしまうだけだ。これなら問題ないであろう?」
「た、……確かに、それくらいなら、微笑ましいで済みますね…。」
「うー。面白い話になる?」
「なるとも。続きは妾が話すぞ。聞くがよいマリア!」

 4人のプレゼントに不審な点はない。
 間違った人間に届けば、少々の混乱はあるだろうが、それはそれで微笑ましい、休日のちょっとしたハプニングで済むはずだ…。
 ワルギリアは、それ以上のイタズラは本当にしないんでしょうねと重ねて念を押し、それにベアトが頷き返したので、物語のゲーム盤を譲ることにした……。
 真里亞は、わくわくしながら、続きをせがむ。
「それでは、黄金の魔女、ベアトリーチェによる、勤労感謝の日の物語。後編スタートぉ!」

     ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

「母さんにはこれを。いつも家族のためにありがとう。」
「ありがとう。今年は何かしら。あなたは何だったの?」
「わしは財布だった! おおきになぁ!」
「あら、カッコイイじゃない。素敵なお財布ね。譲治が選んだの?」
「うん。父さんは若々しいから、少し若者向けでもいいかと思って。今、流行のマジックテープ式さ。」
「わっはっは! こら、わしも財布に負けんようにせんとなぁ! 絵羽は何だったんや。」
「これから開けるわ。何かしら、楽しみだわ。」
「台所で開けてみて。きっと料理の役に立つから。」
「えー? くすくす、何かしら。もう雑炊が煮えたかしら。じゃあ、台所でこっそり開けてみるわね。」

 今日の絵羽の一家は、家族で仲良くお鍋。そしておいしく食べた後は、卵とご飯を落として、雑炊だった。
 絵羽は自分のプレゼントを持って、台所へ行く。
 そしてほくほくしながら、丁寧に包み紙を開けた……。


 そこで、メタ空間背景が重なり、ぽわ~んとベアトが登場。

「申し訳ないなァ、絵羽ァ~! 本当はそこから、高級包丁がでてくるはずなのだが。そのままでは、あ~ん、ありがと~、この包丁でこれからもお料理を頑張っちゃうわね~☆、としかならんのでな。お前には、朱志香からの贈り物をプレゼントだ!」

 バリーン! メタ空間終了。

「あら……。……へぇ……。いいじゃない。」
 中から出てきたのは、……朱志香が蔵臼のために選んだ、どてら。
 色は落ち着いていて、安っぽそうではあるが、家で着る分には充分なセンスだ。
 ……その小さいプレゼントボックスから、どうやってこんなかさばる物がでてきたやら。…その辺は、不思議魔法でうやむやにされている。
「これからの季節にはぴったりじゃない。……あらやだ、ミトンと色がお揃い。くす、譲治ったら、あの人に似てセンスがいいんだから♪」

 というわけで。
 絵羽は偶然にもミトンと同じ色だった、どてらを着て、雑炊の煮えたお鍋と一緒に戻ってきた。
「おおーー!! 似合おうとるやないかっ。これからの季節にぴったりやなぁ!」
「ありがと、譲治。これ、大切に着るわね。お台所は冷えるから、これ、本当にうれしいわ。」
 絵羽は素敵な贈り物ににっこり。秀吉も似合っていると、大絶賛だった。
 しかし、譲治は愛想笑いを浮かべながら目を白黒させている。

 あ、……あれ……?
 あれは確か、朱志香ちゃんが買ったどてら……。
 ど、どうなってるの……??
 譲治は苦笑いしながら、頭上にクエスチョンを浮かべるのだった……。

 と、なれば。
 当然、朱志香が蔵臼に送ったプレゼントも、違うものになっている。
 いったい、蔵臼には、誰のプレゼントが行ったのだろう……。
 直接手渡すのは恥ずかしかったので、朱志香はプレゼントを、蔵臼の書斎の前にこっそり置いておいた。
 そもそも、朱志香の家では、勤労感謝の日にこういうやり取りをする習慣はない。


 だから朱志香にとっても蔵臼にとっても、唐突なプレゼントになるわけだ。
 きっと驚いてくれるだろうと思う半面、なぜ今回に限ってプレゼントを、と考えると、如何にもギターをおねだりしたくてゴマを擦っているのが見え見えで、恥ずかし過ぎる…。
 だから、書斎の前にこっそり置くくらいで、丁度いいと思っていた。
「……父さん、さっき書斎に上がってったよな…。プレゼント、気付いてくれたかなぁ…。」
 朱志香は客間でテレビを見ていたが、それも上の空。
 颯爽と羽織って降りてきてくれないかなとそわそわしていた。
 あ、……ひょっとして内線を私の部屋に掛けて、電話で感謝しようって言うんじゃ…。
 だったら嫌だなぁ。あ、でも、それなら部屋に戻って電話を待ってた方がいいかなぁ…。

「どうしたのです、朱志香? 落ち着きなく、そわそわして。」
「あ、あはははは…! な、何でもねーぜっ。と、父さんはもう、書斎へ上がったのかなぁ?!」
「さっき上がりましたが、もうじき下りて来ると思いますよ。……朱志香が買って来てくれた紅茶を、さっそくいただきましょう。」
 紅茶の道具を乗せた配膳台車を、夏妃自らが押しながら、客間にやって来た。
 紅茶の入れ方を厳しく指導されている使用人たちに比べると、夏妃のそれは、少々濃い。……茶葉によっては、少しエグくしてしまう。
 しかしそれでも、朱志香は母が自ら淹れてくれた紅茶は嫌いではなかった。
 家族水入らずでの紅茶のひと時。使用人たちが嫌いなわけではないが、やはり自分の家族だけだと落ち着くものだ……。
 そんなところへ、プレゼントしたどてらを着て下りて来る蔵臼…。
 蔵臼は照れながら、「朱志香、ありがとう。珍しいな、お前が贈り物をしてくれるとは……。」
 すると朱志香は、「い、いやぁ、それほどでも…。た、ったまにはその、勤労感謝の日ってことで、……と、父さんに感謝してもいいかなぁっと思って。」
 それに夏妃が、「右代宮家次期当主としてふさわしいかどうかはともかく。……家族だけの時は、たまにはこういうのも悪くはありませんね。」
 という感じで、ほんのり温かみのある紅茶の時間になっちゃったりして。
 それでいい感じのところで、実は……、私、楽器がやりたくて……なぁんて感じで切り出せたらなぁと、朱志香は皮算用をしていた。
 すると、のっしのっしと蔵臼のやって来る足音。

「すまん、待たせたな。」
「あなた。朱志香が買って来てくれた紅茶ですよ。いただきましょう。」


「………あれ、…父さん。……その、プ、プレゼントは、どうだった……?」
「うむ、ありがとう。素晴らしかったよ。」
「………あ、………そう…。」
「おや、何かあったのですか?」
「うむ、朱志香から、勤労感謝の日のプレゼントがあってな。……なかなかに小洒落ていた。」

 蔵臼は、どてらを羽織ってはいなかった。
 えー、そこは空気を読んで、羽織って降りて来るのが道理じゃねーのかよー…! ぶつぶつぶつ! 少ない小遣い叩いて買って、そのどてらからギターを買ってもらおうという、わらしべ長者作戦がー、もー! ぶつぶつぶつ! 朱志香は心の中で大いにぼやく。

「あ~~、肩が凝ったなぁ。」
「……だからなんだよ。運動不足じゃねーの?」
「う、う~~ん、肩を揉んでもらえたら嬉しいなぁ…。」
「肩を冷やしてっから凝るんだぜ。あ、厚着しろよな。例えばその、ど、どてらとかっ。」
「どてらなど、庶民の上着ではないか。そんなものより、私の肩には相応しいものがあるんじゃないかね?」
「は、…はぁ?! 相応しいものって何だよ。うぜーぜっ!」

 朱志香はプンプンしながら客間を出て行く。
 蔵臼は娘とのコミュニケーションに失敗し、何をどう間違えたのかと、目を白黒させていた。
「う、う~~む。そ、そうか! 午後9時までと書いてあったな。これはうっかりした…。明日、機会を改めるとしよう…。」
「何の話です? 勤労感謝の日のプレゼントの話ですか?」
「う、うむ。……実は朱志香からこんなものをもらったのだ…。」
「あら、まぁ。」
 蔵臼ががっくりと肩を落としながら見せるそれは、……真里亞が楼座に贈るはずだった、肩叩き券。

 譲治のところに、朱志香のプレゼントが来て。
 朱志香のところに、真里亞のプレゼントが来て。
 ……プレゼントが、どういうわけかズレてしまっている。
 譲治も朱志香も、大きさも梱包もまるで違うのに、どうして間違えてしまったのかと首を捻るが、魔法なのでどうしようもない。
 とりあえず、自分の贈ったプレゼントを喜んでもらえるよう、祈るしかなかった…。


 戦人が買った電動シェーバーは、確かに多少は安く買ったものだが、戦人の小遣いには少し大きな買い物だった。
 狡猾な戦人は、それを正直に霧江に話し、共同の贈り物にしようと提案。半額を肩代わりしてもらうことに成功していたのだった。
 しかし、不幸なことに、ここ数日、留弗夫は外国の客人との重要なミーティングが重なっており、会社に泊まり込んでいた。
 プレゼントはタイミングが大事。
 なので霧江は、留弗夫に渡してもらうように会社の秘書に頼んでおくのだった。
 そのおかげで、翌日の深夜には、留弗夫の社長席の上には、霧江&戦人よりとメッセージカードの入ったプレゼントボックスが置かれていた。

「おう、これか、霧江が電話で言ってたのは。」
 深夜に社長室に戻って来た留弗夫は、机の上に置かれたプレゼントボックスを見つける。
 メッセージカードを開くと、霧江の几帳面な文字で短いメッセージが添えられていた。
“留弗夫さんへ、日頃の気持ちを込めて。霧江&戦人”
「ひょぅ。沁みるねぇ。……なんだろうな。大事に使うぜ。」
 箱を持ち上げると、なかなかの重厚感がある。男物の世界では、重さ=グレードっぽいイメージはある。
 留弗夫は、こりゃ、かなり高いものを贈られたかなと仰天してしまう。
 嬉しい半面、お返しも同じグレードを期待されてしまうわけで、しかもそのお返しは二人分。やれやれと肩を竦める。
 梱包のリボンを解こうとすると、卓上の電話が鳴った。
「もしもし、俺だ。…………ん? わかった、繋いでくれ。極秘の商談だ。しばらくはだれの電話も伝言も取り次ぐな。………………もしもし。…よう、ハニー。明日会えるって言ったろ? ここへはあまり電話するなって言ったぜ。……はっはは、馬鹿だな、今夜はよく寝ておけって。明日の夜は寝られるとは限らねぇぞ?」
 留弗夫はいやらしくニヤニヤと、あるいは、生き生きと電話の相手に微笑みかける。
 ……こーの男は、しょーこりもなく、まぁた女を引っ掛けていたのだ。
 もはやライフワークと言ってもいい。ビジネスで、美人のネーチャンを見つけると、口説かずにはいられないのだ。
 今日の日程が片付いて肩の荷も下り、深夜ということで妙なテンションも高いのか、留弗夫は、大人な会話を楽しみながら、その受話器を肩で抱え、プレゼントの梱包を解く。
 浮気はしながらも家族サービスは忘れない。それを両立できてこそ、真の浮気道と彼は考えていた。


 と、電話をしながら梱包を広げると、中からはなかなか迫力のある桐の小箱が。
 おいおい、何だこりゃあ。

「へっへっへ。本気になったら負けだぜぇ? お互い承知の関係だろ? そうさ、そういうストイックなところが、俺は気に入ってるんだぜ…。……先日プレゼントしたやつ、ちゃんと身に付けて来いよ。楽しみにしてるからな。」
「うふ~ん、もちろんよ~。明日一晩は、奥さんのことなんか忘れさせちゃうんだから~ン☆」
「可愛いこと言うじゃねぇか~。………って、……ぬおッ、」
「ど、どうしたの~?」

 かぱっと、桐の小箱を開けると。
 そこには、切っ先鋭利な、……鈍い銀の煌きが。
 指先でちょこんと触れただけで、……血が珠になって浮き出しそうなくらいに、鋭い。
 え、……あ、……ほ、………包丁……?
 ……何で、……俺に……?
 留弗夫は脂汗をぽたぽた垂らしながら、メッセージカードを読み返す。

“留弗夫さんへ、日頃の気持ちを込めて”

 日頃の気持ちを込めて。
 込めて込めて込めて。

「ダ~リーン、どうしたのぉ、黙っちゃってぇ。」
「あ、……あはははははは!! い、いやゴメンな?! そのあのその、実は明日、急な用事が入っちゃってなぁ?! お、追ってこっちから連絡するからその、し、しばらくはこっちに連絡しないでくれ…! ああのその、………刺されるぅううううぅううううううう!!」
 ……譲治の買ったプレゼントは、留弗夫に渡ったようだった。
 どんなプレゼントも、日頃の行いが悪いと、メッセージも誤解されてしまうといういい見本だ。

 さて。となれば、最後の真里亞は?
 一体、真里亞が楼座に渡したプレゼントは何に?

「社長~。お嬢さんから電話ですー。回しますかー。」
「まわしてちょうだい。真里亞ったら、何かしら。仕事場には掛けちゃ駄目って言ってるのに。………もしもし、真里亞? どうしたの?」


「うー! ママー! お仕事中にごめんね、お仕事中にごめんね…!」
 一体、何の用件だろう? 真里亞の口調は浮かれるようで、とても仕事場に電話をしなければならないような、緊急事態には感じられなかった。楼座の眉が、わずかに釣り上がる。
「……真里亞。ママは今、プレゼンに向けて大忙しなのよ? 言ったでしょ? 今日から当分は帰れないくらい忙しいって…!」

 楼座のそのやり取りを見ながら、社員のデザイナーたちは、こそこそ話をしている。
「社長、また家に帰らないとか言ってんの~…?」
「忙しくなんか全然ないのにねぇ。たまには真面目に帰宅して、娘さん孝行すればいいのにねぇ。」
「まぁた、新しい彼氏じゃないッスか~? ほォら、例のデザイン事務所のチーフプロデューサーのアキヒトさァん♪」
「あー、あのちょっと細い感じのヒトぉ?」
「でもさでもさ、あの人、ひげ濃くね? つか、夕方にはもう青々だよねぇ~。」
「キスするとき、ザリザリするとか、ありえな~い! きゃっきゃ、きゃっきゃ!」
「うるさいわよッ!! 私語する暇があったら、フロントスリットの白ワンピのラフを上げてちょうだい!!胸の紫のリボンも忘れないでよッ?!」
 受話器を手でふさいだ楼座が、血管を浮き立たせて叫ぶ。

「あぁ、ごめんなさいね。……こんな感じなくらい、ママのお仕事は忙しいのよ。用件は何? 手短にね?」
「うー! いつもお仕事を頑張って、帰りが遅いママのためにね。今日、お昼に帰って来たとき、ママの鞄にプレゼントを入れたの。」
「え? 鞄に?」
 楼座は今日、たまたま自宅近くを寄ったので、お昼だけでも一緒にと、真里亞と昼食をとったのだ。
 真里亞はそこでプレゼントを渡したかったのだが、楼座が不機嫌に、もう行かなくちゃ行かなくちゃと連呼したので、鞄にそっと潜り込ませておいたのだ。
 ……実際のところ、楼座にとっては罪滅ぼしみたいな帰宅だった。
 新しい恋人と数日一緒にいることになってるので、それに対する穴埋めのつもりでの突発の帰宅。……そして、数日帰宅しないことを印象付けるかのような、忙しい忙しいの連呼。

 ……はー。私も自分が悪いママだと百も承知だわ。
 娘を蔑ろにして、こんな秘密の交際をしているなんて…!
 でもね、真里亞。ママは母だけど、まだ女でいたいの!


 まだまだ燃えるような恋がしたいのよ?! あぁ、それをあなたにわかれとは言わないわ。
 アキヒトさんといるとね、辛いことをみんな忘れて、一番幸せだった日々を思い出せるの!
 確かにヒゲは濃い人だわ。一日に三回ほどヒゲを剃ってほしいわよね。あぁでも、ヒゲが濃い人は、男性的な意味でも強いって言うしぃ~。

「…………真里亞。……これは……、……?」
「真里亞からのプレゼントだよ。…きひひひひひ。」

 それは、……どう見ても。男性用の、電動髭剃り。

「これは、……どういう意味かしら……? ママに、ということなの…?」
「今のママに、一番ぴったりなプレゼントだと思うよ。ね? 嬉しいでしょう? 使って?使って? ママが喜んでくれるのが、真里亞の一番の幸せなの。だからそれを使って?使って? きひ、きひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」

 プレゼントをしたらあら不思議。
楼座はあんなにも忙しい忙しいと言っていたのに、その日からはきっちりと帰宅するようになって、真里亞と毎日、お夕飯を食べてくれるようになりましたとさ。
 とっぴんぱらりのぷぅ。

「うー! ベアトのお話すごいすごい! ちゃんと真里亞幸せになれた。ママが帰って来たー! うーうーうー!」
「なー? だろー? ちゃんとひと捻りいれて、いい感じにまとめたろー?!」
「有効です。捻りを入れつつも、ちゃんと物語として成立したかと。」
「……お、おほん。つ、つまりですね。真心込めて選んだものなら、たとえ品が違ってしまってもそれは届く、…というお話です。……大事なものは心、ということですね…。」
 ワルギリアは、話をめちゃくちゃにされたにもかかわらず、筋が通ってるみたいな評価をされて、ちょっぴり面白くない。
 悔しいので最後くらい、いい話のようにシメてみたい。
 すると、急にベアトが畏まり、どこからともなく、プレゼントボックスを取り出した。


「じゃじゃーん♪ というわけで、これは妾からお師匠様にだ。妾も勤労感謝の日に、普段世話になっている、ロノウェやお師匠様にプレゼントを贈りたいと思ってな!」
「ま、……まぁ…。まさかあなたが、プレゼントを贈ろうなどという気持ちになるとは…。……う、嬉しくて戸惑ってしまいますよ。」
「私も先ほど、お嬢様より頂戴いたしました。まだ開けてはおりませんが。」
「うむ。ロノウェにはもう渡した。気にせず、お師匠様も開けてほしい! ほれほれほれ。」

「………なるほど。ベアト、オチが読めましたよ?」
「へ~? 何の話やら?」
「私とロノウェに贈ったプレゼントが逆になっているのでしょう。私に、男性用のプレゼントがでてきてびっくり仰天。どったんばったん、どっとはらい。……というところでしょう? あなたの考えることは単純で、いつも先が読めますよ。……まぁ、でも。」
 そういうささやかなイタズラが仕込まれていたとしても。
 ベアトがプレゼントを贈ってくれたという気持ちが、何よりも大事。
 感謝の気持ちそのものに勝る贈り物はないのだから。まさにたった今、自分はそれを伝えたはずなのだから。

「……まぁオチは読めてます。ロノウェ用に贈った、赤いフンドシでも出てくるとか、そういうオチでしょう。…………これは? 本?」
 ブックカバーが掛かっているので、タイトルはわからない。
 しかし、ぱらりと中身を開くと、モノクロの、ステンドグラスアートのようなイラストがたくさん載っていた。………これは……、
「……塗り絵、の本ですか。」
「そうそう。子供用のじゃないぜェ? 大人用の、しっかり手応えのある、古今の名画の塗り絵だ。銀座の伊藤屋で買ってきた水彩色鉛筆付きよ…!」
「おや、これは羨ましい。私が以前から欲しがっていたものです。」
 ロノウェがにっこりと微笑む。
 ベアトのことだから、どうせ変なオチを付けてくるだろうと身構えていたのが、急に申し訳なくなってしまう…。
 ワルギリアは頭を下げ、感謝と謝罪を同時に示さなければならなかった。

「あ、ありがとう…。あなたらしい贈り方ですね。……おかしなものがプレゼントに違いないと思わせておいて、こんな王道な素敵なプレゼント。……すっかり、あなたのシナリオに騙されてしまいました…。」
「うっひっひ。ほめすぎだぜ、お師匠様ぁ。ロノウェへのプレゼントが間違ってお師匠様に行っちまっただけなんだからさァ。」


「ありがとう、ベアト。……この塗り絵、ゆっくりと楽しむことにしますね。……………ん?」

 パタリと本を閉じたときの拍子で、表紙のブックカバーが外れてしまう。
 そこには、この本のタイトルが、こう記されていた。

“楽しく脳を活性化! 熟年からの塗り絵。ボケ防止でいつまでも若く!”

「………………………………………………………………。」
 ワルギリアの両目が珍しく、……乾いて開く。
 重く生温い風が吹き抜け、黄金郷の空に雷雲がうねった……。

「お師匠様ァ、勘違いするなよォ? これはロノウェに贈ったもんなんだからなぁ? 別にお師匠様に贈ったわけじゃねぇんだぜぇええぇえ? お師匠様、言ったもんなぁ? プレゼントが入れ替わっちまっても、真心込めたもんなら、ちゃんと気持ちは伝わるって言ったもんなァ~☆」
「………ところでロノウェ。あなたのプレゼントの中身は?」
「はて、何でしょうか。……おやおやこれはこれは。今、流行の飲むヒアルロン酸、王潤ですな。くっくくくくくく、これはこれはありがたい。最近、階段の上り下りで膝が痛んでおりましたもので、ぷーっくっくっく!」

「…………ベアトリーチェ。」
「なァにー、お師匠様ァ。」
「さぁさ、思い出して御覧なさい。」
「敬老の気持ちィ?」
「あなたがどうやって殺されるかですッ!! 出でよ巨人の戦列、並べよ鋼の轡ッ、地平まで埋め尽くせ神なる槍!! 穿ちて散らし、裂きては焼き払え!! 出でよシエスタ近衛連隊、百の黄金弓でこの無礼なる弟子を縫い潰してしまいなさいッ!! むぎぃいいいいいいいいいぃいいいいいぃいいいいぃぃ!!」
「上等だぁ、返り討ちよぉおおおおお! うおりゃぁああああああああああああああああああぁああ!!」

 ドッタンバッタン。どっとはらい。